
いまごろ冬毛が抜けているうちのイヌ。
か・かわいそう。。。
200mm F2.8G ISO1000

(T兄無断掲載(^^;)
本文と写真は何の関係もありません)
今日の朝日新聞の「フェルメール特集」は永久保存版ですな。
裏面の絵画サムネイル一覧は一日中でも見ていられます。
『マルタとマリアの家のキリスト』ははじめて見ましたが、衝撃的にいい絵ですね。
(3人の会話の内容は、聖書(ルカ10:38〜)を読むとわかります(^^;))
『絵画芸術』の望遠的構図は、ワタシの写真の撮り方の理想像です。。。
一枚だけ違和感のある絵が・・・
最近真筆と認められたというあの絵は、本当に真筆なのかな・・・
構図も空気感も密度感もコントラストの付け方も全てがチガウような気がしますが。
まあワタクシごときがどうこういうことではありませんね。
上野に行きたくなってきた。
ずいぶんと更新の間隔が空きましたが、
単に載せる写真が無かっただけでして。
今日が初出勤でした。

在庫のアオジさんです
こういう感じだろうなぁ・・という、まさにそのままの進行だったので、
特に疲れもなく、感謝な一日でしたよ。
初日は教えてくださる方も勝手が分かりませんから、
「好きにやっといてね。」
ということになってしまいます。
こちらも、そう言われても好きにしようがないので困りますが、
ここでぼーーっと突っ立って指示を待つのはマズイので、
そういう時の必殺技「掃除」をすることになります。
しかしこれまたやり過ぎは厳禁。
控えめに、尚かつ
お呼びがあれば、いつでもスタンバっていますよぅ、
とやんわりとしたアピールをしつつ、
と、
なかなかに微妙な落としどころを探るこの感覚は久々です(^ ^;)
ちょっと考えすぎかもしれません。
明日はもう少しKYな感じで過ごしてみようと思いまっする。
α700 + AF 70-210mm F4
このブログで明言したことはないのですが、良く読まれている方なら
ワタクシがブログ開始当初より、職に就いていない事に気づいておられると思います。
いわゆる「ニート」として4年弱の期間を過ごしてきました。
(当初はそんな言葉も生まれてなかった。。)
1月末に、なんとなく普段ではあり得ないことですが、
ふと思い立って求人の情報をネットで見はじめ、
初めて見たサイトで、一つの案件が気になって応募してみました。
それからここまでも、「シューカツするぞ!」と思ったことは一度もありませんが、
いつも「導いてください」と祈りつつ、流れに身を任せていると、
まったくわずかなズレもなく、最短距離で今日決まった職へと導かれました。
主のみ業と信じます。
今回10年ぶりに履歴書を書きましたが、前職を離れてからの期間が空いていて、
派遣元との面接においてもそこでの活動を聞かれました。
私はキリストとの本当の意味での出会いについて話しましたが、
あまり興味は持たれず、「その期間についてのしっかりした説明ができるようになると良いですね。」と言われました。
きっと世間の評価においても、そのようなことはほとんど意味をなさないか、あるいはマイナスになるようなことかもしれません。
でも私にはそれこそが必要なことでした。
似たような仕事を始めますが、以前までとこれからでは、それに向き合うことの意味が全く違うと思います。
キリストを人生の中心にお迎えし、
最善の導きを与えてくださっていることに感謝しつつ
歩んでいきたいと願います。

「天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」
伝道者の書 3:1−11
あ。ブログはもちろん続けますよ。
鳥撮りの時間は減るので、大したことのない写真がますます大したことなくなると思います(^o^)
よろしければ今後もごひいきに。(*^_^*)
ワタクシがブログ開始当初より、職に就いていない事に気づいておられると思います。
いわゆる「ニート」として4年弱の期間を過ごしてきました。
(当初はそんな言葉も生まれてなかった。。)
1月末に、なんとなく普段ではあり得ないことですが、
ふと思い立って求人の情報をネットで見はじめ、
初めて見たサイトで、一つの案件が気になって応募してみました。
それからここまでも、「シューカツするぞ!」と思ったことは一度もありませんが、
いつも「導いてください」と祈りつつ、流れに身を任せていると、
まったくわずかなズレもなく、最短距離で今日決まった職へと導かれました。
主のみ業と信じます。
今回10年ぶりに履歴書を書きましたが、前職を離れてからの期間が空いていて、
派遣元との面接においてもそこでの活動を聞かれました。
私はキリストとの本当の意味での出会いについて話しましたが、
あまり興味は持たれず、「その期間についてのしっかりした説明ができるようになると良いですね。」と言われました。
きっと世間の評価においても、そのようなことはほとんど意味をなさないか、あるいはマイナスになるようなことかもしれません。
でも私にはそれこそが必要なことでした。
似たような仕事を始めますが、以前までとこれからでは、それに向き合うことの意味が全く違うと思います。
キリストを人生の中心にお迎えし、
最善の導きを与えてくださっていることに感謝しつつ
歩んでいきたいと願います。

1月30日撮影
「天の下では、何事にも定まった時期があり、
すべての営みには時がある。
生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。
植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。
殺すのに時があり、いやすのに時がある。
くずすのに時があり、建てるのに時がある。
泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。
嘆くのに時があり、踊るのに時がある。
石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。
抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。
捜すのに時があり、失うのに時がある。
保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。
引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。
黙っているのに時があり、話をするのに時がある。
愛するのに時があり、憎むのに時がある。
戦うのに時があり、和睦するのに時がある。
神のなさることは、すべて時にかなって美しい。」
伝道者の書 3:1−11
鳥撮りの時間は減るので、大したことのない写真がますます大したことなくなると思います(^o^)
よろしければ今後もごひいきに。(*^_^*)

あけましておめでとうございます。
元旦早々に風邪(のような症状)、頭痛、全身痛でダウン。
でも今日は元気。
最近そのサイクルと落差が激しくなってきています。困ったなぁ・・

今日はAmaz○nで年末にまとめ買いしたCDを聞きながら部屋の模様替え。
(年末年始も変わらずやっているAmaz○nと宅配業者には感謝です)
(ちなみにブロムシュテット指揮 ドレスデン・シュターツカペレ響で
ベトベン/7・8・9,ブルックナー/4,Rシュトラウス/ティル・オイレンシュピーゲル
ブロムシュテットは静かな躍動に満ちた誠実で素晴らしい指揮者と思います)
うむ、すっきり。自分の部屋とは思えないぞ。。
部屋の状態が変わると困るのが、ステレオの鳴り方が変わること。
調整してたら夜になってしまった・・・
でもいい感じに鳴ってます。
(ちなみに今聴いてるのはカーペンターズだったりします)
α700 + 100SOFT
